Apr 22, 2011
サッカーユニフォームについて。 Jリーグ編。
1993年に開幕したJリーグ。開幕時のサッカーのユニフォームは、すべてのクラブミズノ社製のユニフォームを着用していました。デザインは、子供の心をつかむために、これまでの日本リーグ時代よりも多彩で派手にしたとのこと。どのクラブも、洗練されたデザインでした。 1997年ごろからクラブごとに仕入先と契約するようになっていきました。 90年代末から2000年代初頭は、サッカーユニフォームの機能を謳歌されるようにデザインはかなり単純です。また、デザインの多様性も不足して、同業者と異なる色のユニフォーム、というのが多くなってきました。この傾向は現在も続いています。私は小学校に入学直後からスポーツクラブに通っていました。どんなスポーツかというと、野球です。本当に幼い頃から野球が好きだったようで、よく友達を集めて近くの広場ではしていて、当時のスポーツクラブのオーナーに声をかけて、小学生になると入ることを決定しました。その時は中学生の頃までずっと野球をしていました。
大阪・新町の「ギャラリー・マゴット」(大阪市西区新町1、TEL 06-6940-7257)で8月2日、還暦を祝う記念イベントが始まった。(なんば経済新聞)
【画像】 トイカメラ「HOLGA」を使って撮影した作品
同イベントは、8月17日に還暦を迎える同ギャラリーオーナーの大木一範さんが、「一生に一回の記念日をみなさんに祝ってもらおう」と企画したもの。現在行われている「大木一範展『還暦60セレクト』」(8月2日〜7日)のほか、3つの企画展で構成する。
「還暦60セレクト」では、「60歳」にちなんで、大木さんの歴代の作品から人気投票で選ばれた作品60点を展示。愛用するリコー製のフィルムカメラ「GR1s」やトイカメラ「LOMO」を手に、大阪や香港、ベトナムの街を歩き回って撮影した作品が並ぶ。中には、10年ほど前「これから写真をやっていこう」と決意するきっかけになったという、大木さんにとって特別に思い入れ深い作品も。
お盆明けには、出展者32人(予定)からの還暦祝いを展示する「公開グループ展『60 還暦祝』」(8月16日〜21日)、大木さんの新作を展示する「大木一範展『還暦駄々イズム』」(8月23日〜28日)を開催する。
「(いくつになっても)ずっと街で撮り歩いてる先輩たちがいる。私も街を歩き回って撮る今のスタイルをずっと続けていけたら」と大木さん。憧れの「先輩」写真家、中平卓馬さんと関岡昭介さんが身に着けていた「赤い小物」にあやかるため、イベント期間中は2人と同じ赤い靴や帽子を身に着けてギャラリーに滞在する予定だという。
開催時間は、火曜〜金曜=13時〜20時、土曜=12時〜20時、日曜=12時〜18時。入場無料。
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大木さんが「これから写真をやっていこう」と決意するきっかけになった作品も(関連画像)
新町のギャラリーで「詩写真」展−西成区周辺を題材にした作品展示(なんば経済新聞)
ギャラリーマゴット
真宗大谷派は4日、京都市下京区の本山・東本願寺で、僧侶になるための儀式「得度式」を行った。全国から集まった子どもが儀式を受けた後、初々しいお坊さんとなって境内に現れた。
鎌倉時代に浄土真宗を開いた親鸞が9歳で得度したことから、大谷派では満9歳から得度式を受けられる。式は例年1月と12月を除く毎月7日にあるが、夏休み中で子どもの希望者が多い8月は2回に分けて行う。
この日は、65歳までの男女153人が受式、9歳は73人が参加した。午前9時半、親鸞像を安置する御影堂で始まり、大谷暢顕門首(81)が頭にかみそりを当てる「剃刀の儀」を受けた。参加者は黒い袈裟を身につけ、お堂の前で記念撮影。剃ったばかりの青々とした頭の男児や、髪を束ねた女児が、はにかみながら写真に収まった。
【北東北総体取材班】全国高校総合体育大会第8日の4日、岩手県八幡平市総合運動公園体育館で行われたレスリング競技で、個人対抗84キロ級決勝に進出した与那覇竜太(浦添工2年)が長知宏(茨城・霞ケ浦)に2―0で判定勝ち、優勝した。今総体では県勢初の頂点に立った。
与那覇は積極的な攻めで持ち味のタックルを生かした攻撃に持ち込み、長を終始リードした。与那覇は「無心で戦った。最高の総体になった。来年は連覇と団体優勝を目指す」と話した。
また、昨年に続いて決勝に進出した96キロ級・志喜屋正明(浦添工)は、昨年敗れた山本康稀(埼玉・花咲徳栄)と対戦したが惜敗、2年連続の準優勝だった。66キロ級・屋比久翔平(浦添工)は準々決勝で敗退した。
◇素振り1000回の汗実る
佐賀大会の期間中、唐津商野球部の部室の壁にあるハンガーには、1枚の折り畳まれた紙が載せてあった。大会のトーナメント表だ。
「近くに行ったらゆっくり動くようにしてました。トーナメント表が落ちちゃったら縁起が悪いでしょ」。伊藤啓泰一塁手(3年)は笑いながら話した。
折り畳まれていたのは先の試合の組み合わせなどが見えないようにするため。直近の試合だけに集中しようとのチームの方針が反映している。
現在のチームが結成される前、同校は夏の大会で2年連続初戦敗退した。今の3年生は入学以来、先輩たちの悔し涙を見てきた。八島裕城右翼手(3年)は「一回も校歌を歌えないのは嫌だった。悔しさからみんな夏に対しての思いが強かった」。原田拡三塁手(3年)も「先輩たちは『ベスト8まで行ったら、どこどこと戦えるな』と話していたが、初戦で負けてしまった。一試合一試合を大切にしなければと思った」と話した。
大会前の6月下旬に取材を受けた佐藤大気主将(3年)も、目標について「試合に勝って校歌を歌いたい」とだけ話し「甲子園出場」という言葉を口にすることはなかった。「基本を大切に練習し、目の前の一つひとつの試合に集中するだけです」
吉原彰宏監督は選手の自主性を重んじる指導方法を取っている。「方向性は示すが、具体的なことは選手たち自身で考えさせ、やらせている」と話す。監督と選手のどちらかが一方的に考えることがないので、両者の間で「変な力み」がなくなり、選手が主体的に動く雰囲気が生まれるという。「選手たちが自分でやっていけば、試合で大事な時に自分で考えて、工夫してやってくれる」と唐津商流の野球を表現した。
昨夏、新チームでの練習が始まった際、佐藤主将は「カラ元気でもいいから、たくさん声を出して雰囲気作りをしていこう。一試合一試合を大切に」と呼び掛けた。
当時を振り返り「打てないチームだった」と吉原監督。練習を打撃中心にし、ティーバッティングやバント練習を多く取り入れた。長期休みには毎日、1000回スイングするという。左打者の佐藤主将は「右腕が疲れて箸が持てなくなるので、その時期は左手で持って食べる時もあります」。
練習は基本を大切にすると同時に実践を常に意識しているという。「そのおかげでチャンスに強くなった」と吉原監督も選手たちの成長ぶりに期待を寄せる。
佐賀大会では、1試合平均11安打を放ち、チーム打率も3割2分1厘と好調だった。
伊藤一塁手は「決勝まで進んで、トーナメント表をすべて広げた時、ついにここまで来たんだなと思いましたよ」。先輩たちの悔しさを胸に刻み、基本練習を大切にした結果、甲子園のキップを手に入れることができた唐津商。27年ぶりの甲子園が始まる。【春田周平】
8月4日朝刊
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